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宗教をもたない者達の供物は

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 古来の精神的儀式としての供物(自然に対する畏怖から生まれた供え物)と、権力と結びついた宗教の中で生まれ擁護されてきた供物(宗教美術作品)、それは神々への賛美、祝福(言い換えると権力への賛美、祝福)だったのですが、どちらも人々が何かを信じ、それを賛美、祝福するための祭事に供え物をしたのでしょう。

 現在、高度に発達した情報社会の中では、自然に対する畏怖もきわめて少なく、宗教が権力と結びつかなくなり、また、その機能が習慣的、儀式的になった今、何に対して恐れを持ち、どの神仏に、何の願いを込め、どのような精神的みかえりを求めて、供物を捧げるのでしょう。

 しかし、宗教と言う言葉に過度に敏感な現代人も、何かを信じているのは確かでしょう。生活、仕事、物、社会、お金、祭、夢、等々、(これらを宗教上の神仏と置き換えることはできないが、精神的生活から離れた消費的生活のおいては、神仏に近いものがある)。個人が信じ、賛美していることを、祝福するために捧げる供物は何なのか、それが社会生活の表面にはどの様に見えてくるのか、私にとって、何が供物なのか、そして、供物をのせる台はあるのか、供物が供えられる台(場所)を取り巻く社会をどう認識するのかを、作品を通して考えていきたいと思います。

1994年3月6日